限界のないリスクを退けるために

 
 前回このブログに、「東日本大震災によって私たちは、この世界がいやおうなしに突然生命や安全な暮らしを奪われる危険に満ちた世界であるということに突然気づかされた」というようなことを書いた。
 そしたら、ちょうど今朝(5月13日)の朝日新聞で、社会学者のウルリッヒ・ベック(ドイツミュンヘン大学教授)という方のインタビュー記事が目に留まり、今日の世界の危険性ということについて述べられていて、大変興味深い内容であった。

 私は、福島の原発事故を、地震という天災をきっかけとしたものと捉えていた。だからこの世界の危険性(リスク)というものは、今に始まったことではない、ただ私たちは現代の快適な文明生活に囲まれて、本来の自然の恐ろしさを忘れていたのではないか、と思った。
  しかし、それは違った。福島の原発事故は天災ではないということを、私はすっかり忘れていた。ウルリッヒ・ベック氏はこう言っている。

 「…通常の事故は、たとえば交通事故であれ、あるいはもっと深刻で数千人がなくなるような場合であれ、被害は一定の場所、一定の時間、一定の社会グループに限定されます。しかし、原発事故はそうではない。新しいタイプのリスクです」
 「そんな限界のないリスクをはらんでいるのは、原子力だけではありません。気候変動やグローバル化した金融市場、テロリズムなどほかの多くの問題も同じような性格を持つ。近代社会はこうしたリスクにますますさらされるようになってしまいました。福島の事故は、近代社会が抱えるリスクの象徴的な事例なのです」
――日本では、多くの政治家や経済人が、あれは想定を超えた規模の天災が原因だ、と言っています。
 「間違った考え方です。地震が起きる場所に原子力施設を建設するというのは、政府であれ企業であれ、人間が決めたことです。自然が決めたわけではありません」
 「18世紀にリスボンで大地震が起き、深刻な被害が出たとき、当時の思想家たちは、どうして善良な神がこんな災害をもたらすのかと考えた。今日、神を問題にするわけにもいかず、産業界などは自然を持ち出すのです。しかし、そこに人間がいて社会があるから自然現象は災害に変わるのです」
 「これはとても重要なことですが、近代化の勝利そのものが、私たちに制御できない結果を生み出しているのです。そして、それについてだれも責任を取らない、組織化された無責任システムができあがっている。こんな状態は変えなければいけません」

(余談だが、すると、これを神の与えた賜うた罰だと示唆する石原東京都知事は、依然18世紀の思想に留まる生ける化石であるというわけだ。)

 この後、ウルヒッヒ・ベック氏は、私たちが現在使っている多くの制度(例えば保険や賠償の制度など)は、こうした広範で複雑で長期にわたる新しいタイプのリスクに対応しきれない、と述べている。
 
「私たちは、着陸するための専用滑走路ができていない飛行機乘せられ、離陸してしまったようなものです。あるいは、自転車のブレーキしかついていないジェット機に乘せられたともいえるかもしれない」

では、このような「制御不能なリスク」を私たちはどうしたら退けることができるのだろうか?組織化された無責任システムをどうやって変えることができるのだろうか?
「…近代テクノロジーがもたらす問題を広く見える形にするには民主主義が必要だけれど、市民运動がないと、産業界と政府の間に強い直接的な結びつきができる。そこには市民は不在で透明性にも欠け、意思決定は両者の密接な連携のもとに行われてしまいます。しかし、市民社会が関われば、政治を開放できます」
…(略)…
「産業界や専門家たちにいかにして責任を持たせられるか。いかにして透明にできるか。いかにして市民参加を組織できるか。そこがポイントです。産業界や技術的な専門家は今まで、何がリスクで何がリスクではないのか、決定する権限を独占してきた。彼らはふつうの市民がそこに関与するのを望まなかった」

 全文を私なりにまとめると、

 近代化の結果、現代では、限界のない新しいタイプのリスクを抱えるようになった。そしてそれについてだれも責任を取らない、組織化された無責任システムができあがっている。そういう状態を変え、制御不能なリスクを退けるためには、産業界と政府の密接な連携によって意思決定されている政治を、市民社会に開放しなければならない。透明性を確保し責任の所在を明確にしていくとともに、リスクの判断の権限を産業界や専門家たちだけに委ねず、普通の市民が関与していくことが必要である。

 ということだ。

 これは、まさに今の日本の状況を言い当てていると思った。
 菅首相の浜岡原発停止要請を、スズキの会長が、産業界の重鎮であるという立場を超えて「日本人のひとりとして」歓迎したように、普通の市民としての感覚が政治や世論を動かしていかなければならないと思う。政治やマスコミが産業界と密接に連携しているような状況を、日本はこれから変えていくことができるだろうか。




 
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