周恩来首相、日本に米中接近示唆 「日本取り残される」と国交正常化迫る
ニクソン米大統領が中国訪問を突然宣言した昭和46(1971)年7月の「ニクソンショック」に先立ち、中国の周恩来首相が同年3月に面会した藤山愛一郎元外相に対し「米国は変わり身が早い」と事前に米中接近を示唆する発言をしていたことが22日公開の外交文書で分かった。
46年3月11日付の外務省極秘文書によると、藤山氏は直前に訪中、面会した周氏との会談内容を同省幹部に話した。周氏は会談で「台湾に深入りしているのは米国よりも、むしろ日本だ。今後、中共(中国)との関係では米国が先行して日本が取り残されるのではないか」と指摘。日中国交正常化について「佐藤栄作首相では駄目だ」と親台派の佐藤首相を批判し、次期首相に期待する考えも強調した。
46年3月17日付の極秘文書によると、周氏は同時期に訪中した日本側貿易関係者との会談でも同様の認識を伝えていた。
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日本側が大使級の会談による正常化に向けた交渉を打预筏皮い郡长趣驋い病ⅰ溉罩虚v係のような重要な問題は事務官僚に任せるべきではない」と主張。さらに「政府間接触の第一歩は、前外相とか元首相ではなく現職の外相か首相が北京に来ることだ。いつでも北京の空港を開けて待っている」と秋波を送った。
米国は当時、水面下で中国との国交樹立を模索していたことが後に判明。周氏はこうした動きを念頭に日本にも早期の国交回復を促すシグナルを送る意図があったようだ。
ニクソン大統領は47年2月に訪中し、毛沢東主席と会談して米中の関係改善をうたった上海コミュニケを発表。ニクソン訪中を受け、佐藤氏の後任の田中角栄首相が47年9月に訪中し、日中国交正常化を果たした。