8月の末、父が富士山に登ってきた。9合目の山小屋に泊まって、翌朝、頂上で御来光を拝む。小学生の時に登って以来の富士登山で、その時使った杖が物置に取ってあったのを探し出し、意気揚々と出かけていった。残念ながら視界が悪くはっきりした御来光が見られなかったり、山小屋が寝返りもできない窮屈さでほとんど眠れなかったり、下りの砂走りが転げ落ちそうで怖かったり、ガイドが70過ぎでマイペースな人だったり(高山なので、ゆっくりマイペースほうがいいらしい。ガイドの方が正しいのだけれど、父はせっかちなので。)と、いろいろあったようだが、なにはともあれ念願かない満足して帰ってきた。
下山途中、ガイドが一人の青年に話しかけられた。スバルラインに降りたいのだと言う。スバルラインというのは有料道路の名称で山梨県側にある。吉田口へ降りなければいけない。父たちは静岡県側の御殿場口方面を経由し富士宮口へと向かう道を下山している。富士山の表と裏、全く逆である。青年はスバルラインに自転車を置いてきているので、自転車のところまで戻らなければならないと言う。ガイドと話していたので始め父はわからなかったが、後で聞くと、韓国人の留学生だったそうだ。静岡県側に降りて、富士の麓を山梨のスバルラインまでタクシーでぐるりと廻って行くにはお金がかかりすぎる。青年の所持金は5千円くらい。
ガイドは
「それなら、もう一度頂上まで戻るしかないね。あんた、若いんだから、大丈夫だよ。戻りなさい。」
と教えた。
「それって、降りてからどのくらい?そこから頂上まで戻るとするとどれくらい時間がかかるの?」
と父に聞くと、
「4、5時間かな。」
「え~!それじゃあ大変じゃない。そんなに来るまで気が付かなかったんだ。」
青年は、明日仕事があるからどうしても今日中に横浜へ帰りたいのだと言った。しかし、ガイドもどうしようもないので、とにかく戻りなさい、と言って別れた。その後、父がふと気付くと、彼はまだ父たちのグループの後をついてきている。頂上に戻るのは、時間的に或いは体力的にか、無理だと判断したのだろう。自転車は諦めて、後日取りに行くのかもしれない。
6合目で青年は山小屋の人と相談している様子で、父たちのグループとはそこで自然に離れた。
富士宮口の新5合目から横浜まで5千円で帰れるのだろうか?自転車は置きっぱなしで大丈夫だろうか?誰かに持ってかれちゃったりしないだろうか?
青年は、その後、どうしただろう?