未来を予測するSF小説~その2~

 
 アイザック・アシモフはロボットと人間の脳にかかわる未来を描き、それから半世紀以上経った今、アシモフの空想世界は実現を前提とした研究対象となっている。
 彼はまた、何百年何千年も先の人類の未来の発展の方向を描いた銀河帝国興亡史(ファウンデーション・シリーズ)という壮大な未来歴史小説を残しているが、実際に人類の未来は果たしてアシモフの想像力を模倣していくのだろうか。それを確かめる術はない。けれど、個人の生命の区切りを遥かに越えた先の時を描くアシモフの作品群を読んでいると、現代の常識ではいくら荒唐無稽な設定だとしても、“さもありなん”と思わせるリアルさを感じるから不思議である。

 『ロボットの時代』(ハヤカワ文庫)という短編集の中に、「みんな集まれ」という作品があり、その中にこんな一節がある。


 彼は立ちあがり、壁の世界地図を見つめた。それは、うすい色で縁どられた二つの地域に分けられている。地図の左側のでこぼこした線にとりかこまれた地域はうす緑色で縁どられている。右側の、ややせまい、同じようにでこぼこな線でかこまれた地域は、あせたようなピンクで縁どられている。これがつまり、われわれであり、彼らなのであった。
 一世紀のあいだ、この地図にたいした変化はなかった。八十年ほど前に、われわれが台湾を失い、東ドイツを得たことが、もっとも最近の変化である。
 もうひとつ、色の上で変化があったけれどもこれは重要な意味をもっている。二世代前には、彼らの領土は、鮮血のような赤い色だった。われわれの領土は、汚れのない純白だった。それがいまでは、中間色になっている。…

 初出は1957年。東西の冷戦の始まりをだいたい戦後の1950年頃とすると、小説内の時代はそれから一世紀を経た2050年頃、そして、その八十年前、1970年前後に台湾が“彼ら”のものに、東ドイツが“われわれ”のものになったと設定されている。
 むろんアシモフは政治評論家でも預言者でもなく、ただ当時の世界を二分した政治的状況をモチーフにして自由に想像し、お話を作ったにすぎないし、未来はぴったりその通りにはなっていない。しかし私が興味深く思ったのは、アシモフのこの設定の背後にある洞察で、それは、人工的に分断された民族はいずれ一つになるということと、イデオロギーの対立は時と共にやがてその対立軸を失っていくということである。

 彼は生化学の専門家なのだが、ここに挙げた例のように、社会学や人間学、歴史学にも深く通じてるかのようだ。
 私は特にSF小説のマニアというわけではなくて、アイザック・アシモフの小説が好きなのだけれども、それは彼の作品が人間や人間の社会に対する深い洞察力に裏打ちされた“科学空想小説”であるからだと思う。


 
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