さて、前述の嵐庭というレストランにて。
食事を終え、通りがかったウェイトレスにお勘定を頼んだ。そしたら、そのウェイトレスはなんだか不機嫌そうな怒ったような顔をしていて、私たちと目も合わせず黙ってテーブルの上の紙を拾い上げ奥へと姿を消した。
ここは入ってすぐに、若い子がきびきびと楽しそうに働いている活気のあるレストランという印象を受けていたので、その様子に私はちょっと違和感を感じた。それで小さな声で夫に
「今の子、なんだか不機嫌な顔をしてたね。」
と言った。夫は黙っていた。
彼女が勘定書きを持って戻ってきて、相変わらずつまらなそうな顔をしながら、いくらいくらと告げた。その時、夫がお金を出しながら、さりげなく言った。
「何か、不愉快なことでもあったの?」
すると、彼女はその言葉に不意を突かれたようにはっとして、今までぶすっとしていた顔がさっとほころび、
「え?別に…。そんなこともないんだけど…。」
と照れくさそうに笑ったのである。
私は、その表情のたちまちの変化にびっくりして、それから彼女の心からの笑顔の可愛らしさに見とれた。
彼女は指摘されるまできっと自分が傍からどう見えるかなんて考えもしなかったんだ。ただ何かおもしろくないことを思って、自分の内側の感情に没頭していたんだ。それが、一言声を掛けた途端、はっと外の世界に気がついた。そして感情を悟られたことが恥ずかしくって、照れ笑いを見せた。スイッチをぱちんと切り替えて、外の世界に戻ってきた。声を掛けられたのをきっかけとして。
実は、食事を始める前、注文をするときにも、夫とウェイトレスとの間にちょっとおもしろい会話があった。
注文を取ったのはお勘定のときとは別のウェイトレスで、彼女がテーブルの横に立って注文を聞こうと待ち構えているとき、夫がこう話しかけた。
「さっき、そこでお宅の従業員がケンカしてたけど、ここでは従業員がよくケンカしてるね。前にも2、3回、見たことがあるよ。」
それを聞いた彼女は、苦笑いをしながら、
「しかたないのよ。みんな、16、7の子どもなんだもの。しょっちゅう何かしらトラブルが起きるんだから。」
と言ったのである。
そう言う彼女も、せいぜい22、3にしか見えない。ただ落ち着いた感じが、ベテランのリーダー格のようだったけれど。
北京では、繁盛しているレストランはどこも若い子がのびのびと活き活きと働いていて、自然な笑顔を見せていた。(時に不機嫌な顔を見せることがあっても、それはご愛嬌というもので。)