『本日、未熟者』 唄:TOKIO 作詞、作曲:中島みゆき
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歌詞がとても気に入ったので、中国語に訳してみたかったのだが、訳をみると、元の詩のリズムや胸に響く感じが全く失われてしまっている。(*訳は、自力で訳したわけではなく、ネット上の訳を少々修正したもの)。詩というのは、言葉のリズムが大切だから仕方がないことかも。少しがっかり。
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ある掲示板でこの歌を話題にしたら、ある人が次のように書いた。
>漢語が少なくて、聞きやすいんですね。でも、なんか、「ガキ」が「ガキ」に向かって説教垂れてるような感じ。
これを読んで、腑に落ちた。もともとこの歌詞の和語のリズムが耳に心地よかったに違いない。だからきっと訳したら魅力が半減してしまったのだろう。
私は、TOKIOが歌った中島みゆき作詞作曲の『宙船(そらふね)』という歌もすごく好きで、でも周りの人はほとんどは中島みゆき本人が歌ったほうがいい、という意見だった。私自身、TOKIOのファンというわけでは全然ないのだけれども、TOKIOが歌う『宙船(そらふね)』と『本日、未熟者』がなぜか好きなのだ。あまり思慮深くなさそうな「ガキ」が、意味深長な人生の歌を、ほんとうに意味をわかってるんだかわかってないんだかわからないような調子で歌うというところに、なぜか魅力を感じる。私が天邪鬼なのかも。はは…。
内容が重い歌はむしろ軽く歌うほうが、逆に味わい深くなるのかもしれないと、ふと思った。そういえばユーミンの『まちぶせ』も歌詞を読むとずるがしこい女の話で読めば読むほどすごいなあ、って感嘆する。なのに、石川ひとみが歌って、軽く可愛らしく仕上げられていた。
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友人に訳を直してもらったら、もとの調子がだいぶん反映されるようになった。やはり、訳者の技術、能力の問題は見過ごせない。