作者紹介:
近藤洋輝(こんどう・ひろき)
海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センター特任上席研究員
東大理学系大学院地球物理学専攻。気象庁で気候変動についての研究などに従事。2007年から現職。IPCC第1作業部会に、同部会の国内支援事務局を代表して参加した。
気候変動に関する国連の政府間パネル(IPCC)の会合は、世界中の最新の専門知見をまとめる場と位置づけられている。「科学的根拠」に関するパリ会議などには、各政府の代表団に科学の専門家を入れることが求められているが、実は必ずしもその通りとなっているわけでない。国によっては科学ではなく条約交渉の専門家が入って強い主張をする場合があり、全会一致による採択が原則となっているIPCCでは、しばしば合意形成が困難になる場面に出会う。
■1行ごとに細かく表現を検討
先日のドイツ・ハイリゲンダムでのG8サミットは地球温暖化対策について「温暖化ガスの排出量を2050年までに半減する」という日本・欧州連合(EU)・カナダの提案を「真剣に検討する」ことなどの成果をあげた。この成果の大きな背景の一つとなったのが、IPCCが2月のパリ会議で完成させた、第4次評価報告書(AR4)の「科学的根拠」だ。
IPCCは、この「科学的根拠」について各国の科学者が作成した学術的な評価報告書の内容をまとめた「政策決定者向け要約(SPM)」の原案を1行1行、詳細に検討した。必要な修正を加えて承認されたこのSPMの全般的特徴は、科学的知見についての信頼度が大きく増したことにある。(日本は信頼度向上に先端的・中心的に貢献しており、その内容については別項で詳しく述べたい)
<図1>
内容的な第1の特徴は、近年の地球観測技術や、過去の気候の解析研究、気候モデルでの気候再現実験による裏づけなどから、「地球システムの温暖化には疑う余地がない」と、温暖化がはるか遠い先の話ではなく、現実に進行していることを初めて断定したメッセージを発した点にある。図1は、観測から得られた気温(世界平均地上気温)、海面水位、および北半球の雪氷面積の変化だ。気温については、実感からもうなずけるが、2006 年までの過去12年間のうち11年は、記録の中で最も温暖な12位に入っている。
前回のIPCC第3次評価報告書(TAR)によると、2000年までの100年間の気温上昇は0.6度であったが、わずか5年後の2005年までの100年間では、0.74度の上昇である。近年になるほど上昇が加速していることがわかる。海面水位についても、同様の傾向が見られる。また、図1は北半球の雪氷面積の変化を示しているが、南北両半球とも山岳氷河と積雪面積の平均は縮小している。アルプス氷河の後退や、キリマンジャロの雪の消失などが目立ってきている。
温暖化の原因を説明する根拠
第2の特徴は、「20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性がかなり高い(very likely)」として、温暖化の原因の特定に一段と確信を深めた点にある。ここでいう「可能性がかなり高い(very likely)」とは、90~95%の確実性を意味する。前回述べた、2001年の第3次評価報告書(TAR)での原因特定での同様のメッセージに、「かなり(very)」が加えられている。
<図2>
図2に示した20世紀の気候の再現実験は、日本も含め少なからぬ研究機関の多数のモデル結果を示している。気候を変動させる要因には、太陽活動の変動や火山噴火など自然起源のものと、温室効果ガス排出など人為起源のものがある。上図は両方を考慮した実験結果であり、観測された変動をかなり再現している。しかし、下図は自然起源の要因だけの場合で、特に後半部分では観測結果とは極めて異なっている。つまり、人為起源の要因を考慮しない限り、後半の急速な気温上昇は説明できない。これが原因特定の大きな根拠となっている。
■科学の立場という視点を守る
こういった知見を盛り込んだ第4次評価報告書の「科学的根拠」の審議において、近年排出量が急速に増加している中国代表から、不確実性に関わる表現などについて異論を唱える発言が目立った。一方で、前回2001年の第3次評価報告書完成の際、議事進行が困難になるほど異議を唱えた産油国の代表格サウジアラビアは今回、打って変わって鳴りを潜め、わずかな発言もむしろ建設的であった。米国は議事において特に目立った発言はなかった。
中国は特に、原因を特定する文案に関して、「観測や気候モデルにはまだまだ問題がある」として、表現に「かなり」を加えることに対して異議を唱えた。しかし、その評価は専門の科学者が評価したものであり、会議は科学者の評価をいかに適切に政策決定者に伝えるかを議論する場であるという発言や、それを支持する発言、さらに、科学者の評価を信頼すべきといった発言が相次いだ。
議事はこう着状態に陥りかけたが、中国を支持する国は全くなかったこともあり、結局中国は、「かなり」といっても少なくとも5%の不確実性が残ることから、「『残る不確実性は、現在の科学の方法論により見積もられている』という脚注をつけるなら受け入れる」と発言した。わざわざ脚注を入れることの是非はともかく、それは事実であることから、ようやく決着に至った。
ごく一部の異議を唱える発言は、国のおかれた状況を背景としている場合もあれば、個人的なこだわりとも思える見解から生じる場合もある。しかし、科学研究の成果をまとめる際に、最後には、科学の立場を損ねないで結論を出すべきだという最大の原則が、何とかIPCCを貫いてきている。